0時を回った深夜。俺は離れに懐中電灯で前を照らしながら離れに向かっている。本来であればこういった時間は、家の規則に従って部屋で寝ているか、アルクに連れ去られてあいつの家にいるかの二択しかない。しかし、今回に限って俺は屋敷の庭を歩き、離れに向かっていた。
なんでこんなことをしているのかというと、自室で寝ていたら離れの方で猫の鳴き声が聞こえたから。もちろん、それだけが理由じゃない。前に話で聞いた離れに出る化猫(正体は変な着ぐるみを着たアルクェイドだったが)のこと、それとレンが微かに警戒心を示したこと。それらのことが気になって、つい部屋を飛び出したわけだ。
それに、そもそも遠野の屋敷に猫が寄ることは無い。レンが来る前まではあったが、何故かレンが来てからは全く猫が寄らなくなった。レンが何かした、と思ったが特に困ることではないし、レンにも考えがあったんだろうな、と考えて追求はしなかった。
そうこう考えているうちに離れの前まで来ていた。確かに、にーとかにゃーとかぎゃーとか泣き声が――
「いやいや、ちょっと待て」
今、明らかに鳴き声じゃなくて泣き声が聞こえなかったか?
聞き間違いかな、と思いつつも耳を澄ましてみる。
「お前もな〜か〜ま〜にな〜れ〜」
……おかしいな。何か幻聴が聞こえる。
聞き覚え、というよりもこの声質の持ち主を知っている気がする。でもあいつじゃない気もする。いくらあいつが底なしに明るくて自由奔放な性格でも、こんな間延びしてアホなセリフを言うはずがない。でも、もしあいつだったら、あいつへのイメージが全て崩壊しそうな気がする。
「――帰ろうかな」
パンドラの箱同様、見てはならない気がする。このまま部屋に戻って寝て、今回のことを忘れて普通に生活した方がいいのかもしれない。
そうしようと思って、離れに背中を向けて歩き出す。離れでは誰かが走り回っているのかドタドタと足音が響いている。
足を止めてよく考えてみる。ここで俺が帰った後。もしかしたら家の誰かがこの音に気づいて、ここに足を運ぶかもしれない。中にいるのがアルクェイドなら琥珀さんや翡翠なら穏便に済ませてくれるかもしれない。しかし、秋葉ならどうだろう?
……一瞬、頭に浮かんだ想像に頭を抱えた。忘れるように頭を左右に振る。
「ここまで来たらもう行くしかないか」
はあ、と一つ溜息を吐いて、再び離れに向き合う。未だにドタドタと足音が響いている。
玄関の戸に手を添えて、一息深呼吸をした後、意を決して扉を開けて――呆然とした。
「こ、ここは?」
和式に作られた離れの屋敷。俺は小さい頃にここで過ごした時期があり、そして最近も時々レンや琥珀さんと一緒に昼寝やらお茶やらしばいている。
が、その離れが異質な世界に変貌していた。
マンガに出てくるようなどこぞの吸血鬼やマッドサイエンティストが住んでそうな崖の上の屋敷、材質が全くわからない家、床にやたら散らばっている猫缶。
慌てて戸から離れて、屋敷の外貌を見上げる。見た目はいつもの離れ。しかし、中はびっくりの異質世界になっている。
「ど、どうなってるんだ?」
あまりの出来事にしばらく呆然として、それから考えた。見なかったことにして部屋に戻るかこのまま中に入るか。
1.部屋に戻ろう
2.中に入ろう
3.死の点でも突いて、なかったことにするか
おいおい、何か三つ目の選択肢。物騒だな。でも、一瞬ありかな、って思ってしまった自分がいる。
→2.中に入ろう
こんなの翡翠や秋葉に見せられるはずがないし、琥珀さんだと面白がって何をするかわかったものじゃない。あの人はあの事件後、やたらと羽目を外すようになって、色んな災害や事件を起こすようになった。明るくなって本当の笑顔を見せてくれるようになったのは嬉しいけど、ちょっと暴走しすぎな気がする。
「よし」
意を決して中へと足を踏み入れた。足元の感触が硬い地面じゃなく、柔らかいぶよぶよした感触に違和感を感じて、少しぞくっとした。
「本当に離れの中か? ここ」
中に入ってからしばらく歩いていたが、歩いても歩いても終わりがない。屋敷本来の大きさなら、向こうの壁に突き当たってもおかしくないのだが、それがない。まるで外貌を変えないまま中だけを広くした様に。
「ん?」
何か聞こえたので足を止めた。耳を済ませると、にゃーとかにーとかきゃーとか聞こえる。戸の前で聞いた鳴き声と泣き声かもしれない。
声が聞こえる方に足を向けて歩き出した。
「さあ、さっちんよ。メインヒロイン入りなど諦めてこちらにくるのだー」
「いや! 今度のリメイク版で私のメインヒロイン入り決まってるんだから!」
「にゅふっふっふ。そんなもの一夜の夢よりも儚く、猫缶の中の混合物のように薄い希望だにゃ〜。それに実はメインヒロイン入りなどどこぞのキノコの嘘宣伝かもしれぬぞなもし」
「違うよ! 絶対、絶対入ってるもの!」
「その意気や良し! ――でもやっぱり入ってないんじゃね?」
「そ、そんなこと、そんなことないもん! うわーん!」
何かいる。
家の陰に隠れながら移動してきたら、アルクの格好をした変な猫と弓塚さんに似てる女の子がいた。会話ははっきりとは聞こえないけど、変な猫が女の子に何か言って泣かせてるみたいだ。
「――むっ!? 何奴!」
変な猫が懐(?)から自分の姿を模した人形(?)を取り出して投げた。
「にゃっにゃっにゃっ。そこにいるのはわかっておるぞ、この曲者め!」
「えっ? えっ? えっ? だ、誰かいるの」
指、というか丸い手を前に突き出しながら高笑いする猫と慌てふためいて周りに目を配る女の子。
確かに俺という曲者はいる。いるけど、反対方向だから。
「にゅふっふっふ。ばれていながらも隠れ続けるとは、天晴れなやつよ。もうめんどくせーからポチっとな」
またも懐から何かを取り出す猫。真ん中に真っ赤なボタンがついているそれを猫が押すと、先ほど投げた人形が発光し始めて――
ズーーーーーーーーーーーン!
――マンガやアニメでしか見たことが無いほどの爆発音と髑髏雲ならず変な猫の顔の形をしたキノコ雲が。
「ふう、完殺!」
「殺す気か!」
グッ、と親指(?)を立ててポーズを取る猫に思わず家の影から飛び出してそう叫んだ。
「!? ――ごほん。ふっ、引っ掛かったな、この朴念仁日本代表め」
「えっ? 今、あなた志貴君が出てきたところ驚いて――」
「にゃにゃにゃ」
「あうっ!?」
弓塚さんによく似た女の子は回転しながら突っ込んだ猫の一撃で吹っ飛ばされて宙に舞った。宙に舞う彼女を見ながら、人ってあんなに飛ぶんだなぁ、って場違いなことを思った。
「邪魔者がいなくなったところで。志貴よ、ついに我々の喉を撫でる覚悟は決まったのかにゃ?」
「どんな覚悟だよ。あと、俺はお前の喉をならせるつもりはない」
猫は好きだが、目の前にいる変な猫は好きになれない気がする。何よりも、アルクェイドの格好をしている時点で*したい気持ちが湧いている。俺の中の人物像を守るために防衛本能が働いているのかもしれない。
「んあれ? じゃあ何でここにいるのかにゃ? ――はっ!? まさかこのグレートキャッツビレッジを乗っ取りに!? ――まあ、志貴ならいいにゃ」
「そんなつもりは毛頭ないから」
驚いたかと思えば急に頬を赤らめてクネクネと照れたように動く謎の生物(もはや猫という認識もしてない)。今すぐ*りたい衝動を抑えながらポケットを探る。うん、ポケットにはちゃんと七つ夜が入ってるな。
「ここにきたのは離れのことが気になったからだよ――って、お前の仕業か、これは!」
「うん、そう」
俺の問いにあっさりと白状する珍生物。ああ、神様。もう*っちゃってもいいですか?
「ほら、志貴の近くに構えとけば来るんじゃね、って思った次第なのよこれが」
「もういいよ、お前の顔は見飽きたよ」
とりあえずここが目の前の珍生物の仕業だというのならあれを*ればきっと元の離れの姿に戻るはず。ポケットから七つ夜を取り出して、メガネに手を掛ける。
「ふっ、所詮殺し殺され愛憎の仲だということだにゃ、あちしと志貴は」
メガネを外して珍生物の『死』を視る。アルクェイド同様死ににくいのか、線が細く『点』が見つからないが、線が見えてるのなら十分*れる。
一瞬でけりを着けるために姿勢を低くして、前へ高速に飛んでいけるようにする。
「*る気満々にゃー。しかーし! そう簡単にはやらせんよ、セニョリータ」
パチン、と指(?)を鳴らせる珍生物。その途端に地面から沢山の珍生物があちこちに生えてきた。その光景はあまりにも<b>キモイ</b>。
「さあ、これだけの数の同胞を相手にできるかにゃ? 志貴」
にゃにゃにゃ、と笑う珍生物。しかし、俺にとって数がいようと関係ない。
全て*しきってみせる。
「さあ! 掛かるにゃー!」
バッ、と珍生物が号令をかけた。それと同時に俺は弾けた。
「あ、あれ? お前ら、何で全く動かないの?」
『アフター5』
「サラリーマンかよー! あーーーーーーー」
「――――――」
チュンチュン、と小鳥のさえずりが聞こえる。周りを見ると、自分の部屋だった。服装も夜、外に出た格好ではなく寝巻きを着ていた。
「夢――か?」
そう呟いて納得した。そうだ、あれは夢だったんだ。じゃなきゃ、あんな珍生物や弓塚さん、離れの中の異質ワールドなんてありえない。
「あ〜、よかった」
心底ほっとして、翡翠がやってくる時間まで少しあると確認した後、もう一度布団に横になった。
「あぶねー。もう少しであちしが猫缶の具にされるところだったにゃ」
ズッ、と地面から頭を生やして呟くネコアルク。そのまま地面から全身を生やしていく。
「ふっふっふ。志貴はあちしを葬ったと思って出て行ったみたいにゃが、そう簡単にはやられないって赤い仮面の人も言ってるのにゃ」
にゃにゃにゃ、と両手で口元を押さえながら笑っている。
「さあ、遠野家グレートキャッツビレッジ化計画を推し進め――」
「―――――」
ネコアルクが何かを言い切る前に、誰かがそれを捕まえた。
「にゃにゃ?」
「―――――」
捕まえたのはレンだった。ネコアルクの両脇を捕まえて持ち上げている。
「え〜と? 何か用かにゃ、黒い方の猫娘よ」
「―――――」
ネコアルクを反転させて、目と目を合わせるレン。ネコアルクは珍しく焦っているようで、汗をだらだらと流している。
「え〜と? 盾(同胞)が壊れたから新しい盾(同胞)にあちしをって?」
「―――――」
コクン、と軽く頷くレン。その瞬間にネコアルクはレンから逃れようとじたばたと暴れ始めた。心底嫌がっているのか、先ほど吹っ飛ばした弓塚さつきにヘルプコールをしている。ちなみにさっちんはまだ地面でのびている。
スタスタと歩き始めるレン。崩壊していくグレートキャッツビレッジ。荷物を整えて逃げていく他のネコアルク達。
「誰かヘルプミー!!」
管理人より
ご無沙汰しております。
久々のギャグ投稿ありがとうございます。
キャラ結構掴んでいるではないでしょうか。
タイころアッパーをプレイした私としてはそう思います。
やはりレンのガード用のあれはあいつらでしたか・・・